八日間のエンカウンターグループを終えて

七泊八日の非構成的エンカウンターグループに参加して1ヶ月余りが過ぎた.会場となったのは長野県安曇野の山中にたたずむ穂高養生園というリトリートセンター.グループの主催者は西村佳哲さん、場の見守り人であるファシリテーターは橋本久仁彦さん.携帯の電波も届かないような場所で、山あいの中の自然と、養生園とそのスタッフの方々と、彼らの手による玄米菜食の料理とともに、お二人と自分を含む14名が八日間を一緒に過ごした.

エンカウンターグループは19セッション、時間にしてのべ48時間程度に及んだ.セッション中の決め事は輪になって座り共に時間を過ごすことだけで、あとは何をするのも自由.全体としての方向性や目的は定められていない.

参加者の中には元から知り合いだった人たちもいたけれど、ほとんどはお互いが初対面同士だった.主催者や見守り人が積極的に場の緊張を解きほぐしたり和ませたりするようなことはない.初日のセッションはほぼ無言のまま終了した.重苦しいような、張り詰めたような、それでいて実は空っぽであるかのような空気が徐々に現れては消えたように思えた.

その後セッションを重ねるにつれ言葉が交わされ始め、少しずつ関係が作られていった.セッション以外にも、食事や入浴はもちろんのこと、ヨガをしたり、近くの原生林を散策したり、スタッフの方々の仕事を手伝ったりする機会があった.養生園の暮らしになじんでいく中で、縁あって知り合った仲間たちとこのように多くの時間を過ごし、人と人との間で起こること以外の余剰なものを取り去った場に身を浸していると、次第に人と自分との間にある贅肉がそぎ落とされていくのを感じる.人と人との間で起こることと、その結果として自分の中に起こること以外の余計なものにとらわれなくなっていったように思う.

グループ全体については、日程の半ばを過ぎたころから雰囲気が次第にひとつになってきたような印象があった.別に全員が同調して行動しているわけではないけれども、それぞれがそれぞれのペースでその場に居やすくなっているように見えて、その意味でひとつの大きなグループになっているかのようだった.そうした様子自体も自分がその中に身を置いていることも、どちらもとても心地がよかった.

結果として本当にいろいろな、一生記憶に残るようなことがグループ全体にも自分の中にも起こっていったのだけど、プライバシーの問題もあるのでここには詳しく書けない.

 
八日間を終えて皆と別れた後は、集団から離れた後にときどき感じる「ひとりになったことによる安堵感」のようなものは全く感じなかった.かといってさみしさを覚えるわけでもなく、物理的にはひとりになったけれども、ひとりぼっちになったような感じは全く持たなかった.帰宅した翌日は予定をすべてキャンセルし、降り続く雨音と胸に残る満たされた感覚と共に自宅で過ごしていた.

その後は自分でもあっけないほどすぐ日常に戻ってきたのだけど、胸にはどこか残り続けているものがあった.帰宅して四日目にいきなり言葉があふれ始めて、しばらくは自動書記のように文章を書き続けていた.この文章も多くはそのときのメモが元になっている.その内容の多くは人と人や人と集団との関わりについてであり、自分がずっと興味を持ち続けてきたものでもあった.

 
個々の関係を振り返ってみると、全員が全員と親友のようになったわけでは多分ない.かといって、そうならなかった人とずっと敵対していたわけでも、当たりさわりのない関係を保っていたわけでもないと思う.少なくとも自分の場合は.結局何をしようと人と人との間で起こることに身を委ね、自分にわだかまりのない気持ちで相手に関わっていけば、たとえ八日間であってもその関係の中で行きつくところまで行けるというか、親友ではなくとも戦友のような関係にはなれる気がする.それは目の前の相手に真剣に向かうということであり、自分自身に真剣に向かうということでもあるのかもしれない.

最終日に撮影した集合写真をあらためて見返すと、数年間を共に過ごした同級生たちとの卒業写真のようにも思えてくる.言葉を交わすことにとどまらず存在までも交わし合うような、そのことだけに自分を浸すことのできた48時間であり、八日間だったように思う.

 
参加してしばらくは、明らかに参加前とは違う何かの感覚が開いたような感じがからだに残っていた.それと同時に、いずれは元に戻るのかもしれないが、この感じや体験をいい思い出だったとして終わらせて日常に飲み込まれたくないとも強く思っていた.一ヶ月余りが過ぎた今、終了直後とは少し違う手触りではあるけれども、確かに残っていると感じられるものがある.

今はそのことをうれしく思うと同時に、この感覚がこの先どうなるかは自然に任せるようなものではなく、それを保ち続けるか否かを主体的に選び取っていくことだと気づいた.そして自分はこの感覚や八日間で得たものをからだに刻みこみ、それは少しずつ変化し続けていくものかもしれないけれども、これからの生をそれと一緒に生きていくことを決めた.その意味でこの文章は、八日間の体験の記録であると同時に自分自身に対するその決意表明であるのかもしれない.

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