ひとと一緒にいるということ


誰かに本当にそばにいてもらったと実感したことが、ただの一度だけある.それは不思議な瞬間だった.相手は何も口にしていなかった.ただ自分のことを気にかけるような、いたわるような、見守るような、そんな目をしてこちらを見ていた.おそらく子供のころは何度となく誰かにそばにいてもらったことがあったのだろうけど、はっきり自分の記憶に残っているのはこの一度だけだ.

 
今から10年以上前、自分は問題を抱えていて、日々をひどく鬱々とした気分で過ごしていた.カウンセリングを受けることや病院に行くことを考えることもあったけれども、一方でそんな場所には絶対に行きたくないとの強い思いがあった.

当時自分の身近な人が心療内科に通院していて、医師からひどい言葉を浴びせられたり、半ば薬漬けのような状態にされたりしているのを見ていたせいもあったが、それ以上にそうした場所を根本的に信用していなかったのだと思う.



当時の自分は病院やカウンセリングに行くことを、薬を使って心の状態を無理矢理変えたり、お金を払って誰かに精神的に癒してもらうことだととらえていた.そうした行為を自分が選ぶことがどうしても受け入れられなかったし、そもそも初対面であろうとなかろうと、誰かが誰かを本当の意味で受け入れることなどあり得ないとの確信があった.

始めに書いたような態度で接してくれる人がそばにいたら、当時の自分は少し違っていたのかもしれない.いや、いたのかもしれないが、それを感ずる余裕がなかったのか、あるいは心を閉ざしていただけだったのかもしれないけれども.

 
その後自分は回復し、短くはない時を経て、今ここでこの文章を書いている.最近、誰かを本当に必要としている人が目の前にいると感じたとき、冒頭に書いた場面を思い出すことがある.相手がどう感じているかはわからないが、そのとき自分は目の前の人のことを本当に大切に思い、理解し、認め、受け入れ、自分にいつわりのない気持ちでその人と一緒にいようとしている.そのときの自分は、かつて自分に優しい視線を向けてくれたあの時のあの人に乗り移られているのかもしれないとも思う.

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