以前日本でブログという言葉が普及し始めたころ、1年間ネット上に日記のような文章を公開していたことがある.ブログという流行りものに惹かれる気持ちや、自分の思いを誰かに向けて表現してみたい気持ちもあったが、それ以上に強かったのは「やらずにはいられない、どうにも収まりがつかないような言葉にし難い気持ち」だった.読んでくれる人はそれほど多くなかったが、身を削りながら書き付けていくような気持ちで、一日も欠かさず毎日の自分を言葉にしていった.
その場に書いていった話は、ふとした思いつきやアイデア、自意識の問題や社会の問題、音楽の話、言葉遊び、人と人との関係性についてだったり日常感じる違和感や怒りなどだった.つまりは日常を通して自分の中に自然と生まれてくるものたちだった.
そして当然かもしれないが、そのようにして自分の中から外に出てくるものには、ほとんど1つ残らず自分のそれまでの人生やその時々の気分が色濃く反映されていた.その中には、書くことによって以外は自分でもなかなか見出せないと思われるものも多かった.
今振り返ると、あの日記を書くことは当時の自分にとってのセラピーだったのかもしれないと思う.誰かひとりを目の前にして話をするとき、その人が何も言葉を発さなかったとしても、本当に真剣に聴いてくれるだけで人は変化し始める.自分の気持ちを見つめながら目の前の他者と真剣に関わりを持つことで人は変容していくという意味で、あの一年間はインターネットの海からカウンセリングを受けていたようにも思える.
あれから10年後の今、当時とは全く違った状況や気分ではあるけれども、再び他者を前にして、文章という形で自分を表現する機会を得ている.今の自分はここからどのような影響を受け、どのように変化していくのだろうか.